千葉県(落花生県)の県名とその他の地名の由来

千葉県

葛や茅が生い茂る原野、国造が置かれた歴史も。
千葉県は、「多くの葉が繁茂する」の意で、かつて葛くずの葉が生い茂る原野だったからとも、繁栄を願ってつけられた地名ともいわれています。当時のこのあたりは、縄の原料などに使われる植物「茅(ちがや)」が多く茂っていたことから「茅生(ちぶ)」と呼ばれており、それがいつの間にかなまって現在の呼び名である「チバ」になったという説もあります。

 

承平年間(931年〜938年)の『和名抄』によると、古くは千葉国造(ちばのくにのみやつこ)の置かれたところで、千葉県の県名の由来はその名にちなんだとされています。

 

津田沼

五村合体によりできた比較的新しい地名です。
津田沼は千葉県にある市の名で、総武線の駅名にもなっています。この名が誕生したのは、1889年に行われた町村制施行により全国で町村が合併されたのですが、「津田沼」もそのときに生まれました。

 

合併した五つの村の中から谷津・久々田・鷺沼の一文字ずつ取って生まれたのが「津・田・沼」なのです。

 

当時は政府の方針で「対等合併時には、住民の感情を考え、対象市町村の一文字ずつを使用して新市町村名を作るように」というお達しが出ており、そのため、このような合成地名が全国各地で作られたのです。

 

愛知県にあるの蒲郡市や稲沢なども有名な合成地名市です。

 

富里

収拾がつかなくなってつけられた数字地名が変化。
合併市町村の名前を決める際、以前の土地名からそれぞれ一文字ずつ使用し、新名にするケースは全国的に見ても非常に多く見られます。しかし、たくさんの村が合体する場合はどうするのか?この問題に直面したのが、現在は市となった千葉県の富里村です。

 

1889年に行われた「明治の大合併」の中で、日吉倉・久能・大和・根木名・七栄・新橋・中沢・新中沢・立沢・立沢新田・高野・高松・十倉という実に13もの村が一つになったのです。そしてその合併した名前はどうするのかとなったとき、13村を総称して「十三の里」と言われたことから十三(とみ)里、さらに縁起を担いで「富里」として、丸く納めたということです。


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